人生・ご(GO)縁!牧山真智子さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<6>~

今回はブルーミングエージェンシー代表取締役・牧山真智子さんです。牧山さんに初めてお会いさせて頂いたのもドコモAOL時代でした。同社時代、エンタメコンテンツで映画の紹介コーナーを展開していて、以前『王様のブランチ』の映画コメンテーターをされていたこはたあつこさんhttp://www.volante.co.jp/atsuko.htmlとよく仕事をご一緒させて頂きました(こはたさんについては、また別途コメントさせて頂く予定です)。そのこはたあつこさんのマネージャさんより、非常に信頼・尊敬されている事務所の社長さんがいらっしゃるんです、とリファレンスを頂いたのが牧山さんでした。

ぼくが牧瀬里穂さんhttp://ameblo.jp/makise-riho/のファンであったこともあり(照笑・・)、またAOLでトップエグゼティブインタビューという企業トップのインタビューコーナーも展開していたことよりご紹介頂きお会いさせて頂くことになりました、確か2003年夏ごろだったか、と思います。

ぼくが直接お会いさせて頂いた企業のトップ、もしくは団体・グループのリーダーに共通して感じることは、非常にエネルギッシュであること、そしてアイデアを行動に移す行動力があること、そしてロジックよりもどちらかというと、”これは行ける!”という嗅覚のような直観力、そしてその構想をまとめ・伝える説得・プレゼン力(ここにはロジックは必要です)、この4つは非常に重要な要素で、みなさん各要素の大小はあるしても基本スキルとして持ち合わせている、と思われます。

牧山さんからも、初めてお会いさせて頂いて直ぐにこれらの要素を、言葉の端々から感じさせて頂きましたが、牧山さんからもう1つインスパイアされたポイントは”美学”みたいなものです。元々モデル事務所からスタートされた、というビジネスフィールドのようなものも背景としてあるかもしれませんが、”自分の感性に合わないこと、ダサいことは、儲かるかもしれないけれど、やる気はないの”とのフレーズは非常に印象的に覚えてます。また”私は牧瀬から始まったので、いつでも彼女が軸です”との言葉は冒頭、所属タレントの皆さんから信頼・尊敬されている、とのリファレンスが事実であることを実感させて頂いたフレーズでした。

現在、牧瀬里穂さんや真矢みきさん他がプロデュースされたアイテムをラインアップしている”ブルーミング・マーケット”というECサイトを展開されてます!http://www.bloomingmarket.com/index.php

文責;Cozy Mizoguchi

人生・ご(GO)縁!コブクロ ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<5>~

コブクロのお2人、小渕健太郎さんと黒田俊介さんにお会いしたのは1回だけ、2004年GW前、なので多分今に至るブレイクのきっかけとなった「永遠にともに」リリース関連の取材だったか、と想います。

当時ぼくはドコモAOLという会社でエンタメやブロードバンドコンテンツを担当、あるきっかけからアーティストやタレントの方の取材も自らがインタビューアーになってやるようになりました。今でも忘れはしませんが”初インタビュー”は当時のBMGジャパン(現ソニーミュージックhttp://ja.wikipedia.org/wiki/BMG_JAPAN)アーティストルームで取材させて頂いたキンモクセイhttp://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/ARI/Kinmokusei/でした。その後既にコメントにご登場頂いたチャーさんや矢沢永吉さん他いろいろな方に会わせて頂きましたが、今でも非常に印象に残っているのがコブクロのお2人のインタビューでした。

チャーさん、矢沢永吉さんのように印象的なフレーズが僕の中で残っているわけではないんですが、お2人の創作意欲の強さと、新たなアーティスト活動の方向を見据えた強さみたいなインスピレーションを受けたことを覚えてます。特に小渕さんは熱い方でした!ぼくもよく喋るほうでチャーさんのインタビュー時などよくチャーさんに”だからお前のことは誰も聞いてない!”など叱られるんですが(苦笑・・)、お2人の熱さに乗じ、ぼくもいつも以上に喋った記憶があります。

先にも少し触れましたが当時のコブクロはブレイク前、正直セールス的にはデビュー当時に比べ低迷期だったと思います。もちろんアーティスト本人はセールス目的より、どれだけ納得した”作品”を創れたか、が第一のモチベーションなのでセールスは然程、音楽活動自体に影響されるものではないかもしれません。

コブクロのお2人から感じ、僕の中で今でも強く残っているのは、明確な目標・方向が定まったときの人の強さ・潔さみたいなものです。ちょっとした壁や中々結果が伴わないときなど、自分のその分野での力量やセンスなどに疑問や不安を感じ、また仲間や同僚などが結果を出しているときなど、自分だけ取り残されたような焦りや嫉妬のような感情を持つことは多いと思います。そんなとき、自分の軸みたいなもの、言い換えればそれが人生の夢や目標などを形成していくと思うんですが、それらを持っている人たちは強いんだろうな、と今から6年も前になりますが、コブクロのお2人、インタビュー時間は1時間もなかったと思いますが、1度だけお会いさせて頂いた時間で感じ、今でも度々、自分の新たな指針を見出そうとしているときなどに思い出し自分を奮い立たせています。

思い出す、というキーワードで最後に是非コメントしたいのが、ぼくが大変お世話になりコブクロも所属しているレコード会社・ワーナーミュージックジャパンの目黒さん、という方です。非常に、非常に残念な、受け入れがたい事実でしたが彼はまだ30半ばだったと思いましたが、2004年GWに他界されました。ぼくの父が同じ年4月に亡くなったときも慰めの言葉をもらい、また上述コブクロのお2人のインタビュー時も既に体調を崩され入院されていたと思いましたが、ちゃんとセッティングされているかどうか、ワーナーの同僚の方に電話が入っていたのを覚えてます。目黒さんとは仕事ではもちろん、飲みもたまにご一緒させて頂きました。ぼくより若いのに落ち着いて冷静な人で、でも音楽に対しては非常に熱い想いを持っている方でした。そんな目黒さんにあるとき、”溝口さんのような人はこれからの音楽業界には絶対必要な人ですよ!”と言ってもらったことをそのシーンも含めハッキリと覚えてます。残念ながら大したことは今も、それ程出来ていませんが、それこそ壁にぶつかったり、迷いが自分の中で出てきたとき、目黒さんにもらった言葉をいつも思い出します。

コブクロのオフィシャルサイトhttp://www.kobukuro.com/

ワーナーミュージック・オフィシャルサイトhttp://www.wmg.jp/

文責;Cozy Mizoguchi

人生・ご(GO)縁!中澤佑二さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<4>~

第4弾はサッカー日本代表の要、中澤佑二さんです。中澤さんご本人とお会いさせていたいたことは3回ほどで、またそれほど長い時間お話させて頂くような機会ではありませんでしたが、直接お会いさせて頂いた後に彼が出演されたTV番組http://www.youtube.com/watch?v=QexiwvMk8NEや雑誌のコラム、そして昨年発行された漫画『中澤佑二物語』<iframe src=”http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=cozy66-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4063617777” style=”width:120px;height:240px;” scrolling=”no” marginwidth=”0″ marginheight=”0″ frameborder=”0″></iframe>
などを拝見させて頂き、CHARさんに関してブログしたときもコメントしたよう”思い込みの強さ”の大事さを再認識しました。

結構多くの人が、大体おれ(私)のレベル、こんなもんかなぁ、って早々にまた勝手に見切りつけちゃってるんじゃないか、って思うこと・感じることがあります。もちろん前回矢沢永吉さんから頂いたコメントに通じるよう”人生、人それぞれ”なんで仕事は仕事みたいな価値観も非常に大事だと思うし、またチャレンジしたくても各種状況・背景などによって出来ない人などはいると思います。但し、もしある程度可能な状況にいるなら一度は子供からの夢とか、新たに見つけた目標などに真剣にチャレンジしてみることは、例え失敗・挫折したとしても、長い人生、非常に大事なことだし、自分自身を感じる意味でも大きな収穫になるんじゃないか、と思ってます。僕の場合はミーハーな理由で”CHARさんに仕事で会いたい・会える”との勘違いのような思い込みから実際、その機会は得ることが出来ましたし、今所属している企業でもいろいろありましたが、自分のセンス・力量・そして足りなく・未熟なところなど、やはりチャレンジしたからこそ、見えてきたものがあるように感じてます。

”あきらめるな、夢は必ず叶う!”

とは中澤さんが度々色紙にサインされる際、添えるメッセージです。中澤選手ご本人の志の高さと、尋常ではない努力を積み重ねられた末、現在の中澤選手が語るからこそ、響きがあるフレーズになりと思うし、僕は”あきらめず常に夢や目標をチェイスしていれば、そのプロセスの中でまた新たな夢や目標も出来てくる!”と勝手に解釈させてもらってます。。

中澤さんとの出会いには、島田事務所の社長である島田哲夫さんと三光パートナーズの三浦さんには本当にお世話になりましたhttp://www.sanko-partners.co.jp/contents/project/shimada.html

6月の活躍も期待してます、中澤選手!!!

中澤選手公式サイトhttp://www.bomber22.com/

文責:Cozy Mizoguchi

人生・ご(GO)縁!矢沢永吉さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<3>~

第3弾は矢沢永吉さん”永ちゃん”です。ただ親しい方・仕事のスタッフの方などは親しみと尊敬の念を含め、みな”BOSS”と呼びます。ぼくがはじめて矢沢永吉さん”BOSS”にお会いさせて頂いたのは今から8年前、矢沢さんが初の本格的なアコースティックライブツアー”VOICES”をスタートする前、六本木のスタジオでした。

当時ぼくはドコモAOLhttp://www.aol.jp/という会社でエンタメコンテンツ関係の仕事をしていて、ブロードバンドユーザーの獲得・加入促進等に向けたエンタメコンテンツをフックとしたコンテンツ×マーケ展開等を主なミッションとして動いてました。あるご縁で事務所サイドとのコネクションが出来、ドコモAOLでエクスクルーシブな展開をして行こうとの話になり、中でも目玉はAOLのメール着信音”ユーガッタメール(You’ve got mail!)”を”ユーガッタメール、ヨロシク!”など矢沢永吉さんオリジナルバージョンによるコンテンツ展開でした。今でこそ携帯着信音のカスタマイズは当たり前ですが8年前2002年当時は今ほどはポプュラリティなく、またアーティストやセレブ自身の声による着信音コンテンツはまだ余りなかったように記憶してます。AOL本国のアメリカでは”セレブリテリィボイス”とのコンテンツタイトルにてマドンナやブリトニー・スピナーズ、またミッキーマウスなど人気・トップラインの各種アーティスト等ラインアップしており、日本の第一弾展開として矢沢永吉さんにご登場いただくことになりました。ご参考まで1週間限定で配信しましたがコンテンツアップ後わずか1時間ほど、それも昼間の時間帯にアップしたにも関わらず、1万を超えるダウンロードがありました。本反響をベースにその後ドコモAOLでは日本版”セレブリティボイス”のラインアップを拡充:

CHARさんhttp://www.zicca.net/pc/、千秋さんhttp://ameblo.jp/chiaki-777/、忌野清志郎さんhttp://www.kiyoshiro.co.jp/、篠原涼子さんhttp://www.japanmusic.jp/archives/2005/06/ryoko_shinohara.html、岸谷五郎さん・寺脇康文さんhttp://www.amuse.co.jp/chikyu/、松任谷由実さんhttp://yuming.co.jp/、PUFFYhttp://puffy.jp/index2.html、コブクロhttp://www.kobukuro.com/、押尾コータローさんhttp://www.kotaro-oshio.com/index.html、藤田俊哉さんhttp://blog.toshiya.tv/、RIZEhttp://www.triberize.net/index2_ver8.html、アルフィー高見沢さんhttp://www.alfee.com/

他の方々にご登場いただきました。あらためて本当にありがとうございました!追って上述の方々についてもコメントしていきたい、と思ってます。

ザマ(様)がサマ(様)になればいいんじゃないですか。

この言葉は前述”ユー・ガッタ・メール”の収録後、2回目に矢沢永吉さんにお会いさせて頂いたときインタビュー時の言葉で、矢沢さんご本人は翌年またお会いさせていただくまで忘れていたようですが、30代後半に矢沢永吉さんご本人から間近で受けたこのフレーズは、その後のぼくの価値観にかなりのインパクトを与えました。今ほどではないですが2002年当時も経済状況は全体的に良くなく、また”格差社会”なる2極分化を表す言葉が現実味を帯びだしてきた年だったように記憶してます。その年、矢沢さんは”鎖をひきちぎれ”という1978年にリリースされた”ゴールドラッシュ”<iframe src=”http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=cozy66-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=B000I6BLHM” style=”width:120px;height:240px;” scrolling=”no” marginwidth=”0″ marginheight=”0″ frameborder=”0″></iframe>
というアルバム挿入曲が日テレ・ジャイアンツ中継番組のエンディングソングに決まり、同曲をリメイクにてシングルリリースされました。

鎖につながれて おまえは生きるのかい 夢がやせちまうぜ あきらめた顔のまま 老いぼれてしまうのかい 汗も流さないで” 

との歌詞内容に関しあらためて今、どのように捉えられますか?との質問を投げたときの言葉が上記:

”生き様ってザマ(様)があなたのサマ(様)になれば、それでいいんじゃないですか?” 

でした。矢沢さんご本人はほとんど歌詞を書かれずこの曲もご自身ではありません(作詞;山川啓介氏)が、ロックというジャンルがまだ日本に無かった時代より、まさに”鎖をはずし、汗を流し”時代を切り開いてきた矢沢さんならではの言葉であり、2000年当時から今に至る経済・社会環境下、少なくともぼくにとってはより重みを増しているフレーズの1つです。ヒエラルキーの中での自分であったり、ステイタスやブランド等に価値をおく傾向が、やはり多い中”自分なりの価値と指針を持ち、どのように『生き様』を形成していこうか”、40半ばからのキャリアも含め、日々立ち返るBOSSの一言です。

矢沢永吉さん公式サイト:http://www.eikichiyazawa.com/

文責 :Cozy Mizoguchi 

人生・ご(GO)縁!熊谷正寿さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<2>~

2回目は今やネット業界の重鎮・GMOインターネットグループを率いる熊谷さん(くん)です:http://www.kumagai.com/?eid=401

彼との出会いは今から35年前、規則が非常に厳しかった国学院高校(久我山ではなく青山高校の隣の方です)時代になります。そんな規則の厳しい校風に彼の規格はやはり納まらず先生にはどちらかと言わず目をつけられている方でした。(彼ほどではなかったですが)ぼくもどちらかという納まることが難しかったところもあり、彼とはよく学校の帰りにお茶したりディスコ(当然学校では認められてなかったんんですが・・)につるんで行く等交流してました。ただ受験などもあり段々と疎遠になり、高校卒業後は1回も会うことがありませんでした。

それから約20年後、ぼくもソフトバンクでLAUNCH JAPAN(現BARKShttp://www.barks.jp/)という音楽ネットサイトプロジェクトのヘッドをやっていた頃、”ゆびとま”という同窓会名簿サイトで彼を見つけ、またコメントに”今インターQ”って会社やってます!”とあったので昔の友人に会いたいとの思いと前記のよう、ぼくもネットビジネスに首を突っ込みだしていたので何かコラボできないかとの思いも併せメールをしてから久しぶりに会い、その後も1年に1回、また最近は高校時代の仲間が同窓会を定期的にアレンジしてくれており、比較的コンスタントに会うようになりました。

最近彼はさらに忙しいようで余りじっくりと会い話す機会はありませんが、卒業後20年ぶりに、久しぶりに彼と会いメシを食い酒を飲んだ機会の中で特に印象に残っている一晩があります。いつものように彼が店をセッティングしてくれて、その夜は表参道交差点側の小さい焼鳥やで2人で会いました。ぼくがドコモAOLhttp://www.aol.jp/という会社に転職をしていたころかと思うので今から6,7年前になると思いますが既にGMOという会社規模はより拡大しており、”飛ぶ鳥を落とす”ような勢いのときだったかと思いますが、彼の基本的なスタンスはともかく人の話を聞く、そしてメモる。自分のことや会社のことは会話の流れでコメントはしますが自慢げだったりPUSHYな感じはほんと、ないんですね。またそのメモをとっていた手帳が余りにも分厚くてかなり使い込んでいそだったんで、”新しいのにすれば、もしくは電子手帳とかにすればいいじゃん”と投げたら彼は”俺この1冊の手帳でここまできたようなところあるんだ”と言って人生年表みたいなものを見せてくれました。

そこには各年代ごとの目標と実際の結果、また成果に関するコメント・反省などのコメントが整然にまとめられてました。そして”やはり自分の手で直接書いた文字での目標や情報は意識にしみつくし、その書き方や文章のまとめかたなどで当時の自分の意識やモチベーションなども振り返れるんだ”と続けました。僕の場合、彼ほど計画的にまた成果的にも比べるレベルではありませんが、前回CHARさんとの出会いで触れたよう、”思い込みの強さ”は何かに向かうときの一番のドライバーになると思うし、その思いが強くなればなるほど何とか実現しようとの作戦を考え、実行レベルに移すようになるんじゃないか、と思ってます。もちろんうまくいく時もあればそうでない時もありますが、まずはやる前から諦めないで、行動に移すまでの”思い(込み)の強さ”と”作戦構想力”みたいなものは仕事に限らず人生、非常に大事なんじゃないかなぁ、とあらためて熊谷から強く感じたのを覚えてます。2軒目は飯倉の交差点側のおねーちゃんの店で歌いまくりましたけど。。

熊谷さんの著書の数々です;<a href=”http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fs%3Fie%3DUTF8%26ref_%3Dnb%5Fsb%5Fss%5Fi%5F6%5F2%26field-keywords%3D%25E7%2586%258A%25E8%25B0%25B7%25E6%25AD%25A3%25E5%25AF%25BF%26url%3Dsearch-alias%253Daps%26sprefix%3D%25E7%2586%258A%25E8%25B0%25B7&tag=cozy66-22&linkCode=ur2&camp=247&creative=7399“>リンクに表示されるテキスト</a><img src=”https://www.assoc-amazon.jp/e/ir??t=cozy66-22&l=ur2&o=9” width=”1″ height=”1″ border=”0″ alt=”” style=”border:none !important; margin:0px !important;” />

文責;Cozy Mizoguchi

人生・ご(GO)縁!CHARさん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<1>~

今日より不定期でぼくの人生・仕事のキャリアで影響・刺激などを受けた方々についてのコメントをさせて頂きたい、と思います。

 ”どれだけ好きだったか、ただそれだけだったと思うんだよね”

 第1回目はやはりCHARさん、竹中尚人さんですね。もちろんご存知の方はご存知の、日本代表するギタリストで確か3回目にお会いさせて頂いたときのコメントです。シンプルで飾り気のないフレーズですが、その後のぼくの人生に指針として強く残っている言葉です。

 ぼくの場合息子にもCHARさんのお名前を頂いて”尚人”とつけるほど、小学6年生のとき当時ベストテンというTBSの音楽番組の”もうすぐベストテン(確か・・)”というコーナーではじめて”動いている”CHARさんを見てからの、半分”追っかけ”に近いようなファンです(笑)。

 人間、入れ込みも強くなると”勘違い”をしてくるようで当時ライブを一緒に行っていた仲間にもよく、”そのうち俺、CHARさんと仕事するから”なんて言っては馬鹿にされてました。当時はまだJTBという会社にいて音楽業界とは一切のコネクションも知識もなかったのでCHAR仲間のリアクションは当然なんですけど。。ただ先程触れたような”勘違い”が自分の中では強い“思い込み”に変わっていくと具現化するにはどうすれば良いか、という作戦を考えるような思考になり、僕の場合ラッキーでしたけど、今から10年前BARKSというネットの音楽プロモサイトの立上げに携わらせて頂くようになり、ある面の”職権乱用”で直ぐにCHARさんのライブスポンサーを決め、直ぐにお会いさせて頂くことが出来、有る意味”夢”を実現することが出来ました。

 そして、有体な質問でしたけど”CHARさんがギタリストになろうと思ったのは?”と初めての取材で問いかけたとき、頂いたのが冒頭のコメントで、CHARさんとぼくとでは比較になりませんが、やはり人生好きなことに出会え、それを思い込んでいくと有る程度は実現するんじゃないかなぁ、と再認識したのがCHARさんにお会いし、直接このコメントをもらったときでした。

 ここ3年ほどはお会いできていませんが、かれこれ20回近くはお会いさせて頂き、都度非常に刺激的で心に残る時間・言葉などを頂いてます。それらはまた別途ご紹介させて頂きますが、ファン目線を差し引いても、CHARさんのカッコよさは”ギタリスト”っていう職業がない時代から1つのことを掘り下げてきた”軸の強さ”みたいなものを強く感じ、また本当に強い人だからこそ、立場や肩書きなどを取り外して”その人”を観て接してくれるような人だな、との印象を持ってます。

チャーさんが新たにスタートされたレーベルです。侍スピリット感じるロックなサイトです;http://www.zicca.net/

チャーさんの作品の中でもお薦めはやはりライブ盤、20周年のDVDと79年フリースピリットでしょうか。もちろん両ライブとも会場にいました。特に20周年ライブはチャーさん本人が”演歌歌手みたいなんでやめてくれ、でも演歌歌手みたいなもんですけど”などのコメントを残すもオープニングの”SMOKY”は今思い出しても鳥肌もののパフォーマンス。個人的にはアコギパートの”籠の鳥”が演奏、またあらためて聴く詩の意味深さ等素晴らしい!:<a href=”http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fs%3Fie%3DUTF8%26ref_%3Dnb%5Fsb%5Fnoss%26field-keywords%3Dchar%26url%3Dsearch-alias%253Daps&tag=cozy66-22&linkCode=ur2&camp=247&creative=7399“>リンクに表示されるテキスト</a><img src=”https://www.assoc-amazon.jp/e/ir??t=cozy66-22&l=ur2&o=9” width=”1″ height=”1″ border=”0″ alt=”” style=”border:none !important; margin:0px !important;” />

 第2回目はいつになるか?ですが、これも約10年前、ゆびとまというサイトから再び会うようになった高校時代の友人・GMO会長の熊谷くんについて、ぼくなりの彼の印象をコメントしてみたいと思ってます。

文責 :Cozy Mizoguchi

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