Archive for the ‘Uncategorized’ Category

人生・ご(GO)縁!横浜ゴム㈱の上司・先輩方 – 3 – ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<16>~

 暑さのせいか(笑)8、9月と2ヶ月以上もブログ更新、ご無沙汰してしまいました。横浜ゴム時代編の3回目は丹さん、という方です。

 丹さんは丹幸四郎さんと言って(確か・・)、歌舞伎役者みたいなお名前の方でぼくの結婚式でもスピーチ頂くなど、公私に渡り本当にお世話になった方です。1988年駐在先のドイツ(当時はまだ西ドイツ)から海外事業部に戻られた当初は、直接仕事での絡みはありませんでした。世界的なタイヤ業界再編の時代背景の中、海外事業強化の方針等もあり、海外部内の若手を中心としたマーケティングプロジェクトが発足されぼくも北米事業部よりその一員に選ばれ、プロジェクトの取りまとめ役として丹さんが立たれたことから、丹さんとの接点は急速に密になっていきました。

 マーケットのリアリティを肌で知る

 そのプロジェクトは今じゃ考えられないことだと思いますが、各担当国だけではなく海外主要マーケットの実際の市場動向を把握する、また商品としてのタイヤへの理解をより深めるなどを目的として発足され、活動としてはBMWの安全運転講習会への参加、F1モナコグランプリ観戦(1988年はセナプロストマクラーレンマンセルベルガーフェラーリ中島悟さん・ピケキャメルホンダ、でした。トップは確かセナではなくプロストだったんじゃないかな。。公道なんで実際走ったんですが熱海とかの135号線みたいな感じです、景色は全く違いますけど・・) 、ドイツ・ニュルブルクリンクでのフリー走行等含む本場・クルマ先進国であるヨーロッパへの1ヶ月近い出張など、バブルというタイミングもあったかとは思いますが、かなり”おいしい”(言葉は適切ではないか、と思いますが・・)思い・経験をさせてもらいました。しかしもちろん単に”おいしい”思い・思い出以上にこのプロジェクトを通して、学び・経験し・吸収・向上させてもらったことは、マーケティングの基本として”実際の市場を自分の目で見る・ライブで体験する”ことの重要性、かと思います。

 特に最近インターネットメディアの登場以降、グーグルを中心としたサーチ機能の充実で、ほぼほとんどの情報やトレンドはネット上で、それも大まかな情報レベルであれば100%近くフリーで収集出来たり、スカイプで世界中の人と無料でコミュニケーションが可能になり、益々世界との距離感は縮まりわざわざ現地に行くような必要性も薄れてきているのかもしれません。ただ当たり前のことかもしれませんが、同じ情報・知識でも、ライブで現地を知っているのと知らないのとでは、その中身と洞察レベル、その後のマーケティング戦略のアングルなどが微妙にずれてしまうのかなぁ、と。また出来ることなら現地の人とは現地の言語でコミュニケーションが出来る、最低限共通言語である英語はある程度操れるようになる、その必要性を再認識出来たのも、このプロジェクトを通じての経験からだと思います。

 この回で”横浜ゴム”編は終わりますが、宮下さん・堀江さん・英さんからは”財務力”の重要性を、杉本さんから”マーケティング力・戦略構想力”を叩き込まれ、丹さんから”現地(現場)志向・英語力”のようなものを教えて頂いたように思い、それら全てが現在に至るぼくのキャリアのボトムになっているなぁ、と今つくづく思います。

 最後に今コメントさせて頂いた方々以外でも本プロジェクト発足のバックボーンとして動かれた竹中さん、富永さん、小松さん、桂川さん、浅野さん、本坂さん、早坂さん、水野さん、鈴木さん、大石さん、中村さん、矢羽田さん、森さん、湯本さん、神戸さん、佐野さん、増渕さん、河野さん、茅野根さん、近藤さん、大和田さん、小林さん、宮田さん、山本さんなどなど、本当に多くの方々にお世話になり、また大きな刺激を受けました。あらためて本当にありがとうございました。辞めて既に20年近く経つ会社で、年賀状のご挨拶以外退社以降1回もお会いしていない方々も中にいますが、それでも今でも印象に残っていることに”ご縁”を感じます。

広告

人生・ご(GO)縁!横浜ゴム㈱の上司・先輩方 – 2 – ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<15>~

 次に紹介・コメントさせて頂きたいのが杉本さんです。1986年に入社した2年後、ブリヂストンがアメリカのファイアストーンを買収、ドイツのピレリ社BFグッドリッチに出資するなど世界的なタイヤ業界の再編が進む中、ぼくが配属されたアメリカ課は海外事業部とは独立した北米事業部となり同事業部内に企画課と販売課が設置、M&A含む事業戦略構築と北米市場での本格的なマーケティング戦略・商品展開業務等も付加されました。同事業本部の立上げと共に当時タイヤ製品企画部のリーダーであった杉本さんが北米事業部企画課のトップとして着任されてきました。

 この方は、本当に厳しかったです。僕の配属は北米事業部後も引続き販売課だったんですが入社後定期的に企画書を作っては製品企画部にアピールしていたことなどもあり(多分それが評価されていたのかどうかは分かりませんが)、杉本さんがぼくの実質的な上司となり、ぼくのロールも現地子会社の管理業務的なものから、当時新しい販路として開拓したシアーズプライスクラブ等の大手流通網をベースとした新たな商品戦略構築+新商品企画等にシフトしていきました。

 タイヤって、ぼくも入社前はドーナツ作るみたいに鋳型にゴム流し込んで直ぐ出来るんじゃないか、なんて思ってましたが、”クルマの性能を最後に発揮するかどうかは地面と設置しているタイヤで決まる”と言われるほど重要なパーツで、様々な工程を経て製品化される非常にデリケートで投資も掛かる商品です(実は大変なんですよ、作るの)。また同期で入社した仲間や特に製品企画に配属されるようなメンバーは本当にクルマやバイクが好きな人たちなので、タイヤという1つのパーツに対する愛情+アドバン*というタイヤを成功させた横浜ゴムという会社へのロイヤリティは凄く、この杉本さんもそのようなスピリットをベースに”企画とはなんぞや、戦力構築とはどういうことか!”、徹底的に叩き込まれました。

 当時は余りに厳しく、3-4ヶ月間睡眠平均3時間という時期もあり体も壊し、逃げ出したくなるような時もありましたが、宮下さん・堀江さん・英さんには財務力を、そしてこの杉本さんには間違いなく企画レベルとプレゼン力を高めて頂いた、と思ってます。企画って、確かにアイデア力や持って生まれたセンスみたいなもの、大事な要素としてあるとは思いますが、同じよう様に必要なレベル・スキルはそれらのアイデアも織り込んだ客観的な”構想力”だと思うんです。特に事業戦略の場合、SWOT分析やバランススコアカード的なアプローチなど多々ありますが、背骨のような柱(=これがコンセプト)を軸としたシナリオ展開力、もしくはストーリー構成力のようなものが非常に重要で、最近ですが(こういう言葉ないと思いますが)国語力、あるいは作文力というか、起承転結を構成・構築するスキルはとても求められる能力かなぁ、と思います。同時にプレゼン時においてもこのシナリオ展開力は重要だと思ってます。

 加えて重要なスキルは市場の分析力、ターゲットクラスター設定力とそのロジック展開レベルか、と思います。杉本さんからは、担当していた北米ではまだまだシェア・認知度共低かった横浜ゴムの戦略ディレクションとして”ランチェスター”の戦略・戦術を常々教え込まれました。前回に触れましたようぼくが呼んで頂くケースはほぼ100%、新規事業かうまくいっていない事業の再生等でしたので、競合他社に対し今よりどのようにニッチェマーケットを突くか、もしくは新たなマーケットを創造するかは非常にクリティカルなポイントで、ランチェスターの概念はぼくの企画構築の1つの色合になっていると思います。

 最後にこれが一番大事な要素だと思いますが、並々ならぬ商品に対する愛情、でしょうね、やはり。最後これで辞めることになりました横浜ゴムは。。臭い言い方になりますが、愛着は感じても杉本さんや他の方のようにとことんタイヤやクルマ、愛せなかったですね、そこに限界を感じました当時。逆にこの10年なんとかやってこれたのはぼくなりに音楽に対する愛情、またはCHARさんに仕事でお会いしたいなどの”青臭い”動機がかなり強かったおかげか、と。最近はサッカーに音楽と同じような熱を感じてますが・・・

 思えば当時は東芝ルポで企画書作ってました、まだパワーポイントなかったから。。そして杉本さんの厳しい面、そのフォローやサポートして頂いたのが笹原さんという方でした。アメリカ出張時や企画に悩んでいるとき、ぼくにとっての兄貴分的な存在で本当に助けて頂きました。杉本さん、笹原さんあらためて本当にありがとうございました!

*ランチェスター関連書:<a href=”http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fs%3Fie%3DUTF8%26redirect%3Dtrue%26ref_%3Dsr%5Fkk%5F2%26keywords%3D%25E3%2583%25A9%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2581%25E3%2582%25A7%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25BF%25E3%2583%25BC%25E6%2588%25A6%25E7%2595%25A5%26qid%3D1280450266%26rh%3Di%253Astripbooks%252Ck%253A%25E3%2583%25A9%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2581%25E3%2582%25A7%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25BF%25E3%2583%25BC%25E6%2588%25A6%25E7%2595%25A5&tag=cozy66-22&linkCode=ur2&camp=247&creative=7399“>リンクに表示されるテキスト</a><img src=”https://www.assoc-amazon.jp/e/ir??t=cozy66-22&l=ur2&o=9” width=”1″ height=”1″ border=”0″ alt=”” style=”border:none !important; margin:0px !important;” />

人生・ご(GO)縁!横浜ゴム㈱の上司・先輩方 – 1 – ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<14>~

”数字力=財務・経理・管理会計等”の基礎力を叩き込んで頂いた3人の上司の方々 

 今回は当初予定していた若手経営者シリーズ3人目の紹介を変更、ぼくが大学卒業後に初めて入社した横浜ゴム時代の上司・先輩等のこと、コメントしたいと思います。

 今回横浜ゴム時代のこと、そこで影響・刺激・感化等された上司・先輩方のことをコメントしようと思いついたのは、今から19年前の7月末で同社を退社したというこのタイミングと、あらためて今に至る仕事・スキル等が横浜ゴム時代に叩き込まれ培われた基礎・下地であること、を今振り返りつくづく感じたからです。

 もう退社してから早いもので19年、ぼくがまだ27歳の時でしたからこれから紹介させていただく方の多くは既にリタイアされているか、と思いますが、まず一番に思い出す方々はぼくが研修を終え配属されたタイヤ海外事業部アメリカ課(1986年当時)の宮下さん(当時は課長)と堀江さん(役職は主任・係長??)、そして英さん(部長)のお三方です。ぼくが配属された同部署・課は海外事業部にありながら既に現地子会社がアメリカにあったため、中近東や欧州等の部署とは異なり商社を通じての貿易関係業務はなく、主に現地子会社と共に北米市場での戦略構築や数値管理等の業務が主だったか、と思います。

 ”叩き込まれ培われた基礎・下地”には幾つかあると思いますが、その1つは間違いなく財務・管理会計力です。今紹介させて頂いた上司の方々の若手社員に対するコーチングの一方向として”数字に強くなる社員に育てる”という方針がありました。新入社員時代でしたので業務概要はまだまだジュニアレベルでしたが、横浜ゴム北米現地子会社の決算管理・数値チェック的な業務を、配属直後より損益決算書+バランスシート+キャッシュフローに関しマンスリーベースにて、それも英語で作成する業務を担当することになりました。宮下さん、堀江さんのお2人方は元々国内業務をされていた方々なので英語はほとんど話せなかったのですが(すいません・・)、同社日本国内販社のコーディネーション業務を長年担当されたきた実績もあり、財務知識や予算策定等におけるナレッジ・スキルは非常に高く、財務+管理関係等のコーチングをかなりしっかりして頂けました。

 2000年に転職したソフトバンク・メディア&マーケティングから今年5月まで在籍していたローソンに至るまでこの10年、会社は変わりながらもぼくが一貫して担当してきたのが新規事業推進や既存事業の建直し等でしたので、当然現実的なビジネスプラン策定能力は求められ、またMTVAOL、そしてEMIミュージック等は外資でしたので英語でのBP作成や本国カウンターパートとのやり取りは必須、今から20年以上も前に叩き込まれたそれらの知識や経験は現在に至る業務推進の必要不可欠な要素として、ぼくの大きな財産となってます。特に当時は今のようにエクセルがありませんでしたので、PL+BS+CF3つのフォーマット全てを定規等を使って手書きで作成、そのアナログさが良かったんじゃないか、と思ってます。GMO会長・熊谷さんの時にも触れましたがやはり自分で0ベースから、そして手で書く・作成するステップを踏むと脳に残っている率が高いんじゃないか、と。

 今思い返しても生意気な言い方になりますが、優秀でバランス感覚もあり”大人な上司”のお三方であったなぁ、との印象を強く持ってます。本当にありがとうございました!

 最後に余談ぽくなりますが、数年前大ブレイクしたDef Techという2人組のユニット、知っている方も多いと思います(うれしいことに最近再結成した、とのこと)。彼らがデビューするちょっと前、当時所属していたイルチルという事務所の方々と打合せをし、今後どのように売り出していこうか、との相談を軽くですけどされたことがありました。その後大きくブレイクしたキッカケがこの横浜ゴムのTVCMであったこと、横浜ゴムとDef Tech双方に対し、当時なんか誇らしく非常にうれしかったこと、覚えてます。

 横浜ゴム時代の上司・先輩方については次回も続けてコメントする予定です。

横浜ゴム株式会社オフィシャルサイト;http://www.yrc.co.jp/

Def Techアーティストストア:<a href=”http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fgp%2Fentity%2FDef-Tech%2FB001LHKDH6%3Fie%3DUTF8%26ref_%3Dsr%5Ftc%5F2%5F0%26qid%3D1280411711%26sr%3D8-2-ent&tag=cozy66-22&linkCode=ur2&camp=247&creative=7399“>リンクに表示されるテキスト</a><img src=”https://www.assoc-amazon.jp/e/ir??t=cozy66-22&l=ur2&o=9” width=”1″ height=”1″ border=”0″ alt=”” style=”border:none !important; margin:0px !important;” />

人生・ご(GO)縁!㈱プレハブ・三枝さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<13>~

今回は㈱プレハブという会社の代表取締役社長・三枝明大さんです。彼はぼくがAOL時代、ぼくのチームのスタッフとして2002年の確か5月か6月頃にジョイン、それ以降の付き合いですので早いもので出会ってからもう8年の仲になります。歳は今現在まだ30代前半だったかと思うので彼と最初に出会ったときはまだ20代後半だったか、と思います。

彼とはAOL時代、アーティストやセレブリティの特集コンテンツを多く展開していたので取材も多く、その際よくカメラクルーとしてもアテンドしてくれ、既にこのブログで紹介させて頂いたチャーさん篠原涼子さんRIZEをはじめTOTOのメンバーやアルフィー、そして記者会見でしたがクリスティーナ・アギレラボン・ジョビなど数多くのコンテンツ制作に協力をしてくれました。またお互いAOLを離れた後もぼくがEMI時代の2008年、イギリス大使館を筆頭にマイスペースパルコHUBナノユニバース、そしてブリティッシュカウンシルなどにご協力頂いたキャンペーンhttp://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000000664.html展開時にもバックヤードのシステム構築や各種コーディネーションに奔走、大きなサポーティングをしてくれました(当時彼はシークディライトという会社の社長)。

彼に対する最初の印象と、今でも変わらない受け止め方は”非常にストレートでオープンな奴だなぁ”と。これは良い意味でお育ちと言うか、元来備わっているキャラクターというか、男女また同世代・年上・年下に限らずいろんな人から”かわいがられる資質を”持っている男、それでいて周りやその場の空気・流れみたいなものを感じ取り、”強か”に判断・行動することも出来る男だなぁ、というものです。

”したたか”って悪いイメージが伴う言葉になっている面が多いかと思いますが、漢字で書くと”強か”。その意味合いはhttp://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/83969/m0u/

1 粘り強くて、他からの圧力になかなか屈しないさま。しぶといさま。「世の中を―に生きる」「―な相手」

2 強く、しっかりしているさま。「―な後見役」「―な造りの家」

3 強く勇猛であるさま。「力が強く勇気があって―な豪傑である」〈魯庵・社会百面相〉

4 程度がはなはだしいさま。「いと―なるみづからの祝言どもかな」〈源・初音〉

など、とのこと。個人的には、特に上記1,2を内面として持ち合わせているような人を評するときに使います。三枝さんの場合、持ち前の元気さ・バイタリーをベースにそんな”強かさ”に磨きをかけ益々成長の度合いを高めているように最近感じ、そこには最初に出会った時から彼への変わらぬ印象として残っている”いろんな人を肝要に受け入れるオープンさ”が軸になっているのかなぁ、と。さらに付け加えて言うなら”強か”な人とは、考えや価値観、仕事・人生への向き合い方などの”軸”がしっかりしている人、もしくはそのぶれ幅が少ない人、とも言えるのかもしれませんね。

歳はぼくより遥かに若い男ですが、いろんな人を受け入れるオープンさ・寛容さ、これはいつも見習わなくちゃいけないなぁ、と彼に教わる大きなポイントです。

株式会社プレハブオフィシャルサイト;http://plehub.com/

人生・ご(GO)縁!㈱えん・安藤さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<12>~

今回より3回(多分・・・)は、今までご紹介させていただいたアーティストや経営者の方々とは少し趣きが異なるかと思われる、自身で会社・事業を興しがんばっている3人の若手(比較的・・・)起業家を紹介させて頂きます。

出会った順番に紹介をさせて頂くと、1人目はぼくのブログのタイトル”ご縁”を実践、自社の社名にまでしている男・株式会社・えんの代表取締役社長・安藤貴久さんです。彼との出会いは2001年お互いMTVジャパンに在籍していた頃にさかのぼります。当時彼はかなりガタイがよく(デカク)髪型もどこか井上陽水風で、視覚的に直ぐに印象に残るような男でした(一時期随分スリムになったんですが今年2月か3月に会ったときはちょっと戻ってましたけど・・・)。安藤さんはその後MTVを離れ、7回目に紹介させて頂いた現在オリコンエンタテイメントの西山さんと共に音楽配信会社・ビートリップの運営に携わり、その後ビートリップの親会社スペースシャワーTVに戻り営業の一線で活躍した後、確か3年程前に自身の会社・えんを立上げ、今に至っていると思います。

安藤さんはぼくより3,4歳程若かったか、と思いますが、安藤さんのことを思い出し直ぐに想起させられるキーワード、”見習うこと多いな”と思わされたのは”紹介””マメさ”です。先に紹介させて頂いた西山さんもそうですし、非常に親しくまたお世話になっているスペースシャワーの山田さん、また安藤さんとはよくライブやイベント・パーティ会場で会うことも多かったんですが、その際にもよくその場のお知合いを全員と言っていい程紹介をしてもらいました。

人脈・ネットワーキング。これは本当に財産で強みだと思います。今回このようなブログを書こうと思った主な動機はタイミング的に1つ、振り返る時期かな、というスピリチュアルな感じとあらためてぼくのような男が今まで紆余曲折ありながらもなんとかやってこれたのは、本当にいろいろなタイプの人たちとのある面”不可思議な出会い”、”こういうのをご縁っていうのかなぁ”と思い返させるような場面が多々あった、と思ったからです。出会いのパターンはいろいろあるかと思いますが、その後も関係性が何らかの形でも続くような出会い・ご縁は人を介した、特にセンス・価値観が同じような知人から紹介される出会いに多いように思われます。

”人生を変えたければ周りの5人を変えろ!”とある著書に書いてありましたが、センス・価値観・インテリジェンス、もしくは人生・仕事への想いや志のようなものがどこか合う・共有感覚える人たちとの出会いは本当にエキサイティングですし、そのような出会いの”和”が拡大すると共に1つの事業・1つのプロジェクト・ひいては1つの文化を生み・形作られていくのか、と思います。安藤さんもそこまで大上段に、またもちろんぼくも日々の出会いや別れの中にいつもこんなマクロな視点はないですけど、”この人とあの人がコラボれば面白いかなぁ”とか、こんなネットワークで何かおもしろいことできないかなぁ、などは日々考えているほうかなぁ、と思います。

最後に、安藤さんはその出会いを一過性ではなくネットワーキングにつなげていくフォローを非常にマメにする男です。飲み会の翌日もしくはその晩のサンキューメール、これは対したものでいつも感心させられます(たまにくどいときもありますけど(笑)・・・)。 この習慣はEMIミュージックで仲間だった清水さんからも、大変マメに人を気遣うという点で影響・感心させられました。

次回はぼくがAOL時代に出会った”元気者”、現在㈱プレハブという会社の代表取締役社長・三枝明大さんについてコメントしたい、と想ってます。

株式会社えん・オフィシャルサイト;http://www.go-en.jp/

人生・ご(GO)縁!ソニーミュージック佐久間さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<11>~

今回ご紹介させて頂く方はソニー・ミュージックエンタテインメント取締役CSO(チーフ・ストラテジック・オフィサー)佐久間救さんです。佐久間さんとの出会いは比較的最近で2007年6月、当時ぼくが在籍していたエンターテイメント・プラス(イープラス)http://eplus.jpの取締役に新たに佐久間さんが着任された頃でしたので、今からちょうど3年前になります。

世の中狭いもの、それこそこれが”ご縁”かな、とその時も感じましたが佐久間さんはぼくがこの10年、いろいろな面でお世話になった堂山昌司さん(現;マイクロソフト株式会社・代表執行役副社長)のソニー時代の上司でした。堂山さんはぼくが2001年に所属していたMTVジャパンhttp://www.mtvjapan.com時代の上司で、尊敬する上司・経営者の1人です(堂山さんについてはいろいろな思いもあるのでまた別機会・タイミングにて紹介させて頂く予定ですがこれまた偶然、ぼくがこの5月まで所属していたローソンhttp://www.lawson.co.jpCEO新波剛さんのハーバードMBA時代のご学友でもあったとのこと。。)。佐久間さんとはイープラスでの出会い以降、その堂山さんが当時CEOをされていたEMIミュージックジャパンhttp://www.emimusic.jp/にぼくが移籍した後も、佐久間さんがレコチョクhttp://recochoku.jp/のボードメンバー、ぼくが同社の戦略委員との関係もあり定期的にお会いし、またご多忙にも関わらずよく飲みにも誘って頂きました。

佐久間さんから感じ、教わったなぁと思うことの大きな部分は”自分の立ち位置”をどう客観視でき、その位置での役割をどう演じられるか、パフォーマンスあげられるか”というところだと思ってます。以前に書いたかもしれませんが、ぼくが音楽関係のビジネスフィールドに移ってきたのは今から10年前。それ以前は横浜ゴムやJTBなど、いわゆる典型的な日本企業に在籍していました。”好きな音楽を一度は仕事に!”との思いでキャリアチェンジを図り、ぼくの場合は主にネットという新たなメディア・ツールでの音楽コンテンツ展開ビジネスに従事してきましたが、やはり今振り返ってもインターネット・音楽関係業界のカルチャー・商慣習等と横浜ゴム・JTB等のそれらは大きく異なっていた、と思います。それは例えて言えば”スーツカルチャー”と”ジーパン(今はデニムって言うのかもしれませんが・・)カルチャー”の違いとでも言えるかもしれませんが、自分がその好きな”ジーパンカルチャー”に移り自分自身のワーキングスタイルも変わって行き、またCHARさん、矢沢永吉さん、忌野清志郎さん他多くのトップアーティストの方々に直接お会いする機会やライブも”仕事”という形で観る回数が多くなる中、いろいろなことはありましたが、大きなシフトチェンジをして良かったなと思うと共に、いわゆる”勘違いも含め染まっていく自分”が今思えばいたのかなぁ、と感じてます。

佐久間さんはいつもスーツです。先に”スーツ”カルチャーと”ジーパン”カルチャーの違いとコメントしましたが、人事や管理部署、また営業関係など業務内容等に応じスーツやそれに近いようなスタッフの方々も、当然います。佐久間さんはCSOなのでそれこそ”ジーパン”でもOKなはずですが”自分の立ち位置はこういうスタイルだから”と飲みをご一緒するときおしゃってました、また併せて”お前は音楽業界の本流にはいないから”という言葉も度々ぼくに投げかけられました。ちょっとムッとしたときも正直ありましたが(笑)、音楽の本流=生身の人間であるアーティストを発掘・開発し作品をプロデュースし世の中に届けていく、という仕事は本当に大変であり、そこまで”突っ込んだ”音楽ビジネスをぼくの場合担っていたわけではないので、スタイル面だけが”ジーパンカルチャー”になっても、”音楽が好き”は当たり前の環境の中、その”本流”に当初より仕事としてやってきた人たちからすれば違和感は当然あった、と思われます。そのような”気づき”を佐久間さんはいつも会うたびに”シグナル”として送って頂いたように思います。

Twitterではコメントしたんですが、先日息子の中学受験の学校説明会であるカソリックの学校に行って来たんですが、同校の校長でもあり牧師でもある先生が”ミッションスクールの『ミッション』とは使命、自分の使命・この世の中での役割の重要性を気づいてくれるよな生徒に育てて行きたい”とコメントされていました。引続き音楽、もしくはエンタメ・娯楽関係のフィールドで自分の使命があるならば、自分の立ち位置をより俯瞰で見、”何が一番自分ができることなのか、すべきことなのか”をベースに努力の積み重ねをしていきたい、と思っているところです。

*最近読み返したドラッカーの『マネジメント~務め、責任、実践にも”企業としての使命・目的”に関係した以下のフレーズがありました:Ⅰ』<iframe src=”http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=cozy66-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4822246574” style=”width:120px;height:240px;” scrolling=”no” marginwidth=”0″ marginheight=”0″ frameborder=”0″></iframe>

・組織の使命を考え抜いて目標を定め、達成すべき成果を見据え経営資源を手配しなくてはいけない

・知識労働者が生産性をあげるためには、自分というものをわきまえ、自分はどのような仕事に適しているのか、どういった働き方が最大の成果につながるかを心得ておくことがかかせない。

*ソニー・ミュージックエンタテインメント・オフィシャルサイトhttp://www.sonymusic.co.jp/

人生・ご(GO)縁!篠原涼子さん ~転職10社のキャリアで出会い・刺激を受けた方々<10>~

今回コメントさせて頂く方は,前回の流れで篠原涼子さんにさせて頂きました。はじめてお会いさせて頂いたのは8年前、確か火曜(木曜?)CXで11;00枠から始まる三谷幸喜さん脚本のシチュエーションコメディへの出演が決まられた時期でした。その後篠原涼子さんとは多分、10回以上お会いさせて頂きましたが、そのほとんどがノーメイクでした。初対面のこの時も”歯医者に行って来た後で・・・・”とスッピンで事務所に現れました。篠原涼子さんにお会いして受けた印象は”人に対する構えが無い・少ない”人。女性が”理想像”としよく挙げるフレーズ的には“自然体”な人とも言えるかもしれません。

自然体、これ、難しいというか、何が自分にとっての”自然体”なのか、ぼくはまだよくわかりません。”何が、何しているときが、どんな精神状態が普通・自然?・・・” まぁこう考えていること自体”自然”じゃないんじゃないか、とか考えちゃって。。また自分に対して自然でいるってことと同時に、相手・第三者に対しても自然に、”裸眼”で人を見る事も歳を重ねるにつれどうなってんのかなぁ、とか、例えば”肩書き”とか人をどこかそういう面で見るようになっちゃうところ、でも逆にそういう見方が”自然”になってきちゃっている自分がいるなぁ、とか。

自分自身の”自然体”はよく分からないのに、なぜ人に対してはなんとなく”この人、素っぽいな、とかニュートラルだな”、そして今回ピックアップさせて頂いた篠原涼子さんに、今思い返しての印象、別に有名だから取り上げようと思ったわけではなく(このブログはそれがベースなんで)、何で今でも強く印象に残っているかなぁ?と振り返るとそれらはやはり冒頭述べた”人に対する余計な構えが無さそう人”、もしくは”(心の)鎧みたいなもののが少ない人”、との印象がぼくの中で一貫してあったから、だと思います。これは人見知りとかフランク、との定義ではなく、先も少し触れましたが自分ではよく自分の”素”って分からないのに相手にはそのような”自然な”印象を受けることがあるのは、相手がストレートだったり、変な意味での警戒心がなさそうだな、との印象を受けるとそれこそ”自然”にこちらもなんとなく構えが無くなっていく、というか。それはベースにそのような人たちが”自分の方が上で、がんばってるし、偉いし”みたいな、そんな価値観が無い、もしくは少ないから”自然体”として映るんじゃないかな、って。

お会いした時間は今から8年前2002年から2004年ぐらいの2年間、ドラマや映画などに主役級で出演されることは今ほど多くは無かったと思いますが、大女優として活躍されている今お会いしても、変わっていないんじゃないか、と思います、あのフラット感は。

ぼくもこの5月でそれまで属していた組織から”脱藩”しまして、大学も浪人したことないので46のこの歳まで組織に属さない経験・時間を持ったことが1回も無かったんですんが、この歳にしてようやく、まだ少しかもしれないけど”組織を鎧とした価値観”の度合いが変わってきたかもしれないな、と思ってます。

篠原涼子さんがプランニングされた”大人向け”絵本:<iframe src=”http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=cozy66-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4847018400” style=”width:120px;height:240px;” scrolling=”no” marginwidth=”0″ marginheight=”0″ frameborder=”0″></iframe>